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はじめまして。 (有)健揚(けんよう)の後藤彰久と申します。 このホームページにお越しいただき、ありがとうございます。 ご挨拶も兼ねて、私の健康に対する思いと、このホームページの運営趣旨について、ここでで少し書かせていただこうと思います。 わたしの健康に対する思いとは、「今の医療を変えたい」 「多くの人に、苦痛が少なく、より確実で希望の持てる代替療法を伝えたい」というものです。代替療法とは、このサイトで紹介しておりますが、一番簡単に言えば、今の西洋医学以外の療法の総称です。 私が今のような健康づくりの仕事に本格的に関わるようになったのは、実は、3年前のことでした。それまでは、主にコンピュータ・通信関係の仕事を、東京にてしておりました。 それでも、健康産業との関わりは古く、もう20数年にもなります。というのも、私の両親が、30年ほど前から現在に至るまで、健康食品・健康医療器具等の卸業を営んでいるからです。 その健康食品とは、別に特別目新しいものではありません。お酢
もともとの私の家の家業は、埼玉県の行田市という土地柄もあり、福助足袋の工場をしておりました。しかし、過労のため、父が36歳の時に肝硬変になり入院してしまったのです。肝硬変と言えば、今でも大変死亡率の高い難病です。 実際、病院の薬物投与などの治療では全くよくならず、入院一年後には、自ら退院して、本格的な食事療法による病気の克服を試みたのです。以下は、その模様が書かれた、健康雑誌『健康』に掲載された父の闘病記です。
父は、食事療法を励行する傍ら、東京の鍼灸学校(早稲田鍼灸)に通い、東洋医学の知識と手法を学びました。そして、自ら難病を克服していく中で、玄米の自然食、純粋米酢、真空浄血療法 これがきっかけとなり、それまでの足袋の仕事を弟(私の叔父)に譲った父は、健康医療産業に携わるようになったのです。 物心ついた時から、私は両親の仕事を見てきました。 20年ほど前などは、病院が「白い巨塔」呼ばれていた時代です。今よりもずっと病院、そして西洋医学の権威は高かったろうと思います。それでも、私の両親のところには、現代西洋医学においてはなかなか治らない症状や、原因不明の病気を抱えた方が、たくさん来ました。ガンの方もきました。結局、病院では治らないからうちへ来るのでした。 それらの方の中には、治る方もいました。亡くなる方もいました。でも、そういった方々を見てくる中で、全体的な印象として実感したことがありました。それは、「西洋医学の治療方法に忠実な人ほど、早く亡くなる」ということでした。 逆に、代替療法(自然医学・予防医学に沿った栄養学やその他の療法、サプリメント)にスパッと切り替えられたり、治療の比重を代替療法に置き替える方ほど、病気を克服したり、延命していらっしゃいます。ショッキングに聞こえるかもしれませんが、これは実際、本当のことなのです。 病気が良くなった方からは感謝される姿も見てきました。医師でもない父が、「先生、先生」と呼ばれているのです。 すばらしい仕事だなと思いました。そしてまた、思いました。「病気の方を快方に向かわせるのは、医師という肩書きではなく、より確かな療法への知識とその実践なのだ」ということをです。 そして、さらに今思うのは、こうした発想と視点の中からでないと、「患者の立場に立った医療」というものは出て来づらいのではないかということです。 今の日本では、ともすれば、医師という肩書きや病院という権威が、患者にとって、より適切で必要な治療を受けることの障害になっているという気がしてなりません。今の日本の医療には問題があるという指摘は方々からあがっていますし、また、医師の中にもそう感じてらっしゃる方は多いと思います。にも関わらず、代替療法に積極的に目を向ける病院も先生も、まだ少ないのが現状だと思います。 であれば、たとえ肩書きはないとしても、こうして医療に関わる機会を得られたのであれば、患者の立場に立った医療を模索し、その普及に努めるべきなのではないか。・・・そう思うようになったのです。そして、積極的にこの仕事に取り組んでみたいと思うに至ったのです。 この20数年間、いろいろな代替療法(民間医療やサプリメントなど)を見てきました。玉石混淆の健康食品、健康医療器具産業の中で、泡沫のように、出ては消え、出ては消えしていくものも多いと思います。中には利益優先の全く中身が伴わない(つまり効かない)と思えるようなものがあるのも事実です。 素人目で判断するには、あまりにも情報が多く混乱してしまうと思います。 そんな中で、消費者の立場にたったつもりで、実力のあるものを、過去の経験とその療法の持っている理論から判断し、このサイトで紹介していきたいと思いました。 私も、このサイトも、まだまだ未熟なところが多いですが、少しでもご参考にしていただければ幸いです。ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
後藤彰久 |
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